はじめに
経営者の皆さまは日々、「外注すべきか、それとも自社でまかなうべきか」という悩みに直面していませんか?
たとえば、製品の一部を外注してコストを抑えたいけれど、品質や納期のコントロールも気になる。あるいは、外注先との交渉や契約上のリスクが増大している。こうした取引にまつわるコストは、実は企業経営を大きく左右するポイントです。
そこで注目したいのがO.ウィリアムソン(Oliver E. Williamson)が提唱した「取引コスト理論(Transaction Cost Theory)」。本記事では、この理論を経営に落とし込むヒントをわかりやすく解説し、「どのようにコストを最適化し、ビジネスを安定・成長させるか」のヒントをお伝えします。近年、企業戦略の一環として「垂直統合(vertical integration)」が注目されています。製品の開発や製造、流通、販売など、商流(バリューチェーン)の複数段階を一貫して自社で手掛けることで、コストの削減や品質の維持、安定したサプライチェーンの実現もたらす可能性があるためです。
しかし、事業戦略において垂直統合が常に正解となるとは当然限りません。その判断において参考となるのがO.ウィリアムソン(Oliver E. Williamson)による取引コスト理論(transaction cost theory)なのです。
取引コスト理論とは何か?
取引コスト理論とは、企業が市場における外部の企業と取引をする際に生じるさまざまなコストを最小化する視点から、最適な組織構造や内製か外注化などの意思決定を捉える考え方です。
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- 情報収集コスト:取引相手や価格情報を調べるための手間
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- 交渉コスト:契約内容や条件調整にかかる時間や費用
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- 監督・管理コスト:契約後に納期や品質を管理するためのコスト
これら「外部とのやり取りで発生するコスト(取引コスト)」が「自社で行うための設備投資や人件費、さらにそれらを管理するコスト(内部管理コスト)」より大きい場合、企業は外注ではなく自社で業務を行う(垂直統合する)ほうが総合的に効率的と判断できます。このような取引コストと内部管理コストに着目して意思決定に役立てるのです。
「関係特殊的資産」が意思決定を左右する
取引コスト理論では、特に「関係特殊的資産(Relationship-specific Asset)」の有無がカギを握るとされています。
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- 関係特殊的資産とは?
→ ある取引先のニーズに合わせて設備や技術をカスタマイズすることで、ほかの顧客に転用しづらくなるような投資や資産を指します。
- 関係特殊的資産とは?
なぜ重要なのか
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- 大きな投資をしても、特定の顧客にしか利用できない
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- 相手に対する依存度が高まり、価格交渉で不利になりやすい
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- 相手企業が強気に出てきた場合でも、簡単には他社へ切り替えられない
このように、関係特殊的資産が生じると、取引上のリスクやコストが増大しやすくなります。そこで、取引先を自社の組織として取り込む(垂直統合)ことでコストとリスクをコントロールしようという動機が高まります。
取引関係が特定の企業に依存している企業では、このような関係特殊的資産への投資が大きくなる傾向があり、結果として事業リスクが大きくなります。
経営者が押さえておくべき「取引コスト」活用の視点
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- 業務プロセスを棚卸しし、外部との取引コストを見える化する
- 外部の企業との取引において情報収集から営業、契約、交渉などに具体的にどれだけの手間やコストがかかっているかを把握しましょう。取引コストを概算でも計算し可視化することで、垂直統合した場合の内部管理コストとの比較に役立てることができます。
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- 業務プロセスを棚卸しし、外部との取引コストを見える化する
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- “関係特殊的”な業務があるかをチェックする
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- 特定の顧客や取引先だけに合わせた生産ラインや技術などが存在する場合、その取引に伴うリスクは大きくなりがちです。必要に応じて、協業や共同投資、あるいは垂直統合も検討し、リスク管理を図ることがより重要になります。
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- “関係特殊的”な業務があるかをチェックする
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- 「内製化のコスト」と「外注のコスト」を並行して試算する
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- 内製(垂直統合)には、設備投資・人件費・管理コストなどが発生します。一方、外注には取引先との交渉や管理が必要となり、リードタイムも変わってきます。それぞれのコストやメリット・デメリットを比較検討したうえでベストな選択肢を判断しましょう。また、外注費は基本的にほとんど変動コストで、内製の場合、固定コストが大きくなります。需要変動が大きい場合は、外注費にしたほうが事業リスクは抑えることができます。
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- 「内製化のコスト」と「外注のコスト」を並行して試算する
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- 長期視点でのリスクヘッジを考える
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- 一時的なコストだけでなく、長期的に市場環境や需要が変化した際のリスクを想定することも重要です。外部依存度が高すぎると、サプライチェーンリスクに脆弱になる可能性も。内製化(垂直統合)のほうが安定をもたらす場合もあります。
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- 長期視点でのリスクヘッジを考える
垂直統合のメリット・デメリットの経営視点でのまとめ
メリット
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- 取引コストの削減
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- 交渉・契約・監督などのコストが減り、プロセスがシンプルになる可能性があります。
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- 取引コストの削減
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- 品質管理や納期管理の精度向上
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- 自社組織として一貫してコントロールできるため、品質・納期トラブルが減少しやすい。
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- 品質管理や納期管理の精度向上
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- 技術・ノウハウの蓄積
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- 外部に委託していた部分を自社の強みとして育成し、差別化や競合優位を築くチャンスになる。
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- 技術・ノウハウの蓄積
デメリット
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- 設備投資や人材育成コストの増大
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- 内部管理コストが増え、経営の負担が大きくなる可能性があります。
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- 設備投資や人材育成コストの増大
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- 柔軟性の低下
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- 外部に発注していれば生産量や業務量を調整しやすいが、内製化するほど固定費が増えやすく、環境変化に対応しづらくなる。
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- 柔軟性の低下
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- 経営資源の分散
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- 多くの業務を自社で抱えるため、集中すべき分野にリソースを投下しにくくなるリスクも。
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- 経営資源の分散
ケーススタディ:取引コスト理論の視点がもたらす変化
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- 製造業A社
部品調達の外注先が1社に集中しており、さらにその部品を自社専用にカスタマイズしてもらっている状態でした。依存度が高く、取引コストが上がり、値上げリスクや品質リスクにも懸念が。
そこでA社は、リスクを分散するために部品製造工程を一部内製化し、専用設備を整えました。これにより取引コストが減り、柔軟に内製ボリュームを管理できる生産体制を確立しました。最終的には取引コストの削減を実現し、結果として顧客満足度を向上させることに成功しました。
- 製造業A社
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- サービス業B社
新サービスの開発・運営を、長年付き合いのある外部のパートナー企業に一任していました。しかし、契約更新時に発注価格の交渉を受け、コストが高騰。関係特殊的資産が多く、また特定の情報やノウハウの提携が強かったため、B社は代替パートナーを見つけられず窮地に。
パートナー企業を退職した人を中途採用し、開発や運営を一部内製化。外部パートナーとの依存バランスを見直すことができるとともに、新たなパートナーとの取引関係の構築も実現できました。
- サービス業B社
まとめと経営者へのメッセージ
経営を取り巻く環境が目まぐるしく変化するなか、コストの最適化はいつの時代も重要なテーマです。
「取引コスト理論」は、単に外注か内製化かを決めるだけでなく、企業がどこまでを自社のコア領域として取り込むか、どこをパートナーと連携して進めるかという戦略的な判断に役立ちます。
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- 「関係特殊的資産」が生まれる取引はないか?
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- 外部との取引で発生するコストを整理・見える化しているか?
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- 長期的に見て、どのようなリスクと成長機会があるか?
このような視点をもちながら、社内外のリソース配分を最適化し、変化の激しいビジネス環境を乗り切りましょう。取引コストをうまくコントロールできれば、利益率の向上だけでなく、ブランド力の強化や競合優位の確立にもつながることが期待できます。
このような取引関係の可視化や商流(バリューチェーン)の見直しをするための現状分析のツールとしてローカルベンチマーク(経済産業省のサイトhttps://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/sangyokinyu/locaben/)がおすすめです。弊社ではこれらのツールを活用した知的資産経営支援も実施しています。どのような支援が受けられるのか、ぜひお気軽にご相談ください。