創発的戦略

【創発的戦略とは?H.ミンツバーグの戦略論をわかりやすく解説】

近年、企業をめぐる市場環境は激しく変化しており、当初の計画した戦略や事業計画どおりに進むことはほとんどないといえるでしょう。そのような環境下でH.ミンツバーグが提唱した概念である「創発的戦略」が、注目されています。

本記事では、「創発的戦略」の概要や「意図された戦略」などとの違いを整理しながら、企業が変化の激しい環境下でどのように柔軟に対応していけばよいのかを解説しています。


1. 創発的戦略とは

創発的戦略とは、「当初は計画していなかったが、偶発的な状況や環境の変化に対応する中で自然に生まれる戦略」を指します。
想定していなかった事象に柔軟に対処した結果、新たに生まれる戦略ともいえます。

外部環境の大幅な変化(技術の進歩、顧客ニーズの変化など)に合わせて新規事業を展開したり、既存の組織体制を変革したりする過程で、自然発生的に生まれてくる戦略がこれにあたります。


2. 意図された戦略との違い

H.ミンツバーグは、企業の戦略を次のように分けて提示しています。

     

      1. 意図された戦略

           

            • 企業が事前に計画し、将来に向かって達成を目指す戦略。事前に意図された戦略です。創業時や新規事業を始めるときに作成する計画内の戦略はこれにあたります。

        1. 創発的戦略

             

              • 「意図的な戦略」には含まれていなかったが、偶発的な環境変化や想定外のチャンス、リスクに対応する中で事後的に形成された戦略。

        企業が当初意図していた通りの戦略どおりに物事が進むケースは少なく、外部環境の変化や社内リソースの再配分など、当初は予測不能だった要素によって、戦略が変更されることはよくあり、このように事後的に柔軟に形づくられていく戦略が「創発的戦略」なのです。

        環境変化の激しい近年の経営において有効な戦略は、創発的戦略といえるでしょう。創発的戦略を生み出し随時環境変化に対応しながら企業の方針や行動を変えていく、そのような経営が近年より求められています。


        3. 創発的戦略が生まれやすい組織の特徴

        (1)環境変化への柔軟に対応しやすい組織は創発的戦略が生じやすい

        企業を取り巻く外部環境は、テクノロジーの進歩や社会的価値観の変化などにより、日々変動しています。このような環境下において、官僚制のような中央集権的で硬直した組織形態より、柔軟性の高い組織構造を持つ企業では、現場の判断で思い切って当初の戦略を変更したり、新たなアイデアを取り入れたりすることが受け入れられやすいです。そのため、より創発的な戦略が生まれやすいと考えられています。

        保守的で伝統的な大企業より、ベンチャー気質のある企業の方が、環境変化に応じて柔軟に対応できるだろうということは、イメージしていただきやすいでしょう。

        (2) 現場レベルの創意工夫によりもたらされる

        創発的な戦略は往々にして「トップダウン」より「ボトムアップ」の組織で生まれやすいと考えられます。トップダウンは、経営層や管理者層の意思決定をもとに行われます。経営者や管理者層が現場にいたのは、かなり前である企業が多く、そのような過去の経験(多くの場合成功体験)に基づいて行われる意思決定は、現在の現場で起こっている変化をとらえての意思決定と解離していることがあります。このため、日々現場で様々な事象や顧客ニーズに触れている人からボトムアップで新たな取り組みが生まれるほうが、より創発的な戦略が生まれやすくなります。従業員が顧客接点や日々の業務でつかんだ情報から、新たな打ち手の検討を行った結果、その新たな取り組みが成功し、それが全社レベルに展開されるといったケースが、創発的戦略が生じる典型例です。

        このような「ボトムアップ」の新たな取り組みを実施することや、そういった取り組みが失敗してしまうことも許容されやすい企業ほど、このような創発的戦略が生まれやすいといえます。

        (3) 新規事業領域に積極的に進出することで生まれるわけではない

        創発的戦略は様々な取り組みの結果として生み出されるものですが、既存事業と異なる事業領域に進出することで生まれるわけではありません。ただ、環境変化に対応するなかで、創発的戦略が生じ、そこから新たな事業が創出されることはよくあります。創発的戦略が生じることで、新規事業の種が見いだされるということです。現場レベルからの発想がなく、自社の競争優位をもたらすリソースを活用したわけでもない、やみくもな新規事業への取り組みからは、創発的戦略は当然生まれません。


        4. 創発的な戦略を生みだしやすくするには?

           

            1. 現場からのアイデアを活かしやすい

                 

                  • 従業員が自発的に新たな取り組みを実行できるよう、情報共有やコミュニケーションを密にする風土・仕組みづくりが鍵となります。このような従業員からの意見やアイデアを出やすくするには、「心理的安全性」も重要なキーワードとなるでしょう。

              1. 失敗を許容する社内文化

                   

                    • 新しい試みには失敗がつきものです。失敗に対して厳しい文化では、新たなチャレンジが生じづらく、創発的戦略も生まれづらくなります。

                1. 環境変化に対するアンテナを高くする

                     

                      • 顧客ニーズや市場動向、技術進歩などに常にアンテナを張ることで、偶発的な出来事から事業機会を見出すことができるようになります。

                  1. トップダウンとボトムアップのバランス

                       

                        • 創発的な戦略はボトムアップで生まれやすいとはいえ、最終的には経営層の理解・リソースの投入が必要です。現場のアイデアを吸い上げ、必要な支援を行う体制を整えましょう。


                  5. まとめ

                  「創発的戦略(Emergent Strategy)」は、H.ミンツバーグが提唱した概念で、当初の計画にはなかった戦略が偶発的な環境変化に合わせて事後的に形成されることを意味します。将来を見据えて予測する「意図された戦略(Intended Strategy)」と対比されることが多いですが、実際には「意図された戦略」と「創発的戦略」が組み合わさって、最終的に実現された戦略となるケースが多いでしょう。

                  変化の激しい時代においては、あらかじめ立てれらた計画の実行だけではなく、偶発的に生まれるアイデアや現場から生じる知恵を戦略にひもづけ、経営機動力をもって環境変化に対応していく姿勢が必要です。そのような組織が、生き残っていきやすいといえるでしょう